岩石や地層が地表に露出した部分を「露頭」という。崖崩れによって露頭が出現することもあるし、海岸では波の侵食によって美しい露頭に出会えることもある。植生に乏しい山岳地帯になると、山肌全面が露頭という場所もある。
露頭は、過去の地球を覗き見る窓である。私たち地質学者は、露頭からどのようにして地球の歴史を読み解くのか。この連載では世界の露頭を巡り、その一端を紹介しよう。(尾上哲治)
初夏になるとウィリストン湖に現れるブラックベアリッジの露頭を調べると、まず三畳紀末に寒冷化したことを示す不整合が見つかった(前回#1)。
黒色頁岩が語ること
不整合の上の地層に目を向けると、今度は厚さ約80センチの黒い(厳密には暗灰色)地層が堆積していることに気が付く。表面を指でなぞると、ファンデーションを触ったときのような、なめらかな感触だ。これは「黒色頁岩」と呼ばれる岩石である。三畳紀末の大量絶滅も、この黒色頁岩が堆積していた期間に起こったとされる。
黒色頁岩には、地質学者を興奮させる作用がある。私も語りたいことは山ほどあるが、簡単に説明すると、ブラックベアリッジの黒色頁岩は、海底近くの水から酸素がなくなった海洋無酸素化の痕跡とみられている。黒色頁岩の「黒」のもとになっているのは豊富な有機物だ。酸素がなくなって海底の微生物活動が起こらなくなり、有機物の分解が進まなくなったと考えられている。
では、なぜ酸素がなくなったのか。ブラックベアリッジの黒色頁岩は、温暖化により海洋の鉛直循環が弱まったことで、海底付近から酸素が失われた証拠と考えられている。温暖化により海洋表層が温められ、一番風呂のような、暖かい水が上、冷たい水が下にある「成層化した海洋」が現れた。そのせいで海の鉛直循環が弱まったため、海底に酸素が行き渡らなくなったのだ。
ちなみにこの温暖化は、同じ時代に起こった「キャンプ」と呼ばれる火成活動によって引き起こされたと考えられている。この記事ではキャンプ火成活動については取り上げないので、詳しく知りたい方は、拙著『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)を参考にしてほしい。
白い地層が語ること
変わった地層はまだある。私は当時、黒色頁岩の中に色の違う地層が3枚あることに気がついた。それぞれの層の厚さは10センチくらいで、白い色をしている。白い地層の中には、繊維状の縞模様が縦方向に広がっている。ハンマーで引っ掻いたときの傷の付き方や、白い層を作る鉱物の結晶の形から、これはアラレ石(アラゴナイト)とよばれる鉱物が繊維状にできた組織であることがわかる。
この白い地層が何を示しているのか当時の私には理解できなかったが、後の研究により次のように説明されている。
まず、海で急激な酸性化が進み、堆積物中の生物骨格粒子(例えば、二枚貝の破片)に含まれる炭酸カルシウムが溶解した。堆積物の表層では酸性化による溶解の影響を受けたが、深いほうでは影響はそれほどでもなかった。地層中の、影響を受けた部分と受けなかった部分との境界あたりで、炭酸カルシウムが繊維状のアラレ石を形成し、先の白い地層ができたというのだ。
この考え方にはいくつか問題があるが、黒色頁岩の地層には炭酸カルシウムが豊富な化石がほとんど含まれないので、これらが溶解したとする海洋酸性化の可能性は十分にある。
「オリエント急行の殺人」仮説
三畳紀末の大量絶滅の原因を探るため、ここまで謎めいたブラックベアリッジの地層を観察してきた。せっかくなので、推理小説の探偵の気分になって、助手とともに露頭の状況を整理してみよう。
「犯行現場の痕跡は?」
「はい、時代の古いものから、不整合、黒色頁岩、繊維状のアラレ石からなる白い地層、それに炭酸カルシウムの消失があります」
「つまり寒冷化、温暖化、海洋の無酸素化と酸性化が順に起こったということか。それで絶滅のタイミングは?」
「黒色頁岩が堆積した期間に起きていますね。ということは、先生のおっしゃる海洋の無酸素化が原因でしょうか」
「いやそうとは限らない。不整合から黒色頁岩の堆積が終了するまでは、およそ20万年間。地質学的には20万年なんて、ほんの一瞬だ。寒冷化、温暖化、海洋の無酸素化、酸性化が、次々と生態系にダメージを与えた。この線でまちがいない」
「まさに〝オリエント急行の殺人〟ですね」
「自然は単純じゃない。犯人はひとりじゃなかった。複合的な原因。これで決着だ」
――これで、みなさんは納得できただろうか? 私はどうも引っかかる。
特に、地層として証拠を残した〝犯人〟とされる寒冷化、温暖化、無酸素化、酸性化どうしの関係性が、どうも露頭からは見えてこない。
そこで、これらを結びつける〝目にはみえない犯人〟として疑われたのが、本記事の最初(#1)に紹介した「二酸化硫黄」と「二酸化炭素」である。
これらの犯人は、露頭には姿を現さない。地質学者がどのようにしてこの見えない犯人を追い詰めていくのかは、また別の機会にでも話をしたい。
余談になるが、ブラックベアリッジでは、調査最後の日の夜に、キャンプファイヤーを囲んでのジョーク大会が開かれた。カナダでのジョーク大会参加は、この時が2回目。当然私も話を振られたのだが、カナダ人相手にスベり散らかし、ウィリストン湖に静寂をもたらしたことも、今ではよい思い出である。
尾上哲治
九州大学大学院教授(理学研究院地球惑星科学部門)。1977年、熊本県生まれ。専門は地質学(層序学、古生物学)。世界各地の地層を調査し、天体衝突や宇宙塵の大量流入による環境変動、古生代・中生代の生物絶滅について研究している。著書に『ダイナソー・ブルース――恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い』(閑人堂)、『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)、『地球全史スーパー年表』(岩波書店;共著)など。趣味はサーフィン。