岩石や地層が地表に露出した部分を「露頭」という。崖崩れによって露頭が出現することもあるし、海岸では波の侵食によって美しい露頭に出会えることもある。植生に乏しい山岳地帯になると、山肌全面が露頭という場所もある。
露頭は、過去の地球を覗き見る窓である。私たち地質学者は、露頭からどのようにして地球の歴史を読み解くのか。この連載では世界の露頭を巡り、その一端を紹介しよう。(尾上哲治)
雨の時代――イタリア・ドロミティ#2
前回の記事では、ロープウェイで「ドロミティのテラス」を訪れた。ここから整備されたトレイルを歩いて、ピズ・ボエ山の山頂を目指してみよう。
山頂はずいぶん遠くにあるはずだが、冷たく乾いた空気のおかげで、はっきりとその姿をとらえることができる。はやる気持ちを抑えて、山頂へとまっすぐ延びたトレイルをゆっくり歩いていく。左手に目をやると、ピズ・ボエ山から続く稜線に沿って、水平な縞模様がみえる。これが前回の記事で紹介した、ドロマイトからなる灰色の地層である。
このドロマイトの地層から少し下に目をやると、ドロマイトの灰色とは異なる色の、緑や赤い色の地層があることに気がつく。遠いため距離感がつかみにくいが、少なくとも数十mくらいの厚さがありそうだ。さらに下にある崖を覗き込むと、ふたたびドロマイトの灰色の地層が見える。つまり緑や赤の地層は、サンドイッチのようにドロマイトの地層に挟まれているのだ。
ピズ・ボエ山へ向かうトレイルからはいったん離れ、この一風変わった地層に近づいてみる。すると緑や赤の地層は「砕屑岩」であることが分かる。砕屑岩(さいせつがん)とは、粒の大きさにより泥・砂・礫に分類される「砕屑粒子」が集まって岩石になったものである。
この粒子は、もともとは陸上の山地で形成されたものだ。それが川を流れて、最終的に海で堆積して地層を形成した。したがって、ドロマイトの間に挟まれた砕屑岩の存在は、かつてドロマイトが堆積していた浅い海に、陸上から大量の土砂(砕屑物)が、一時的に流れ込んできたことを意味している。
ここまでの話は、中学校の理科で習うような普通の出来事に思える。しかし、事はそう単純ではない。洪水が頻繁に起こって土砂が海にもたらされるような湿潤気候であれば話は簡単だが、ドロマイトの堆積が示すように当時は乾燥気候だったと考えられている。
ドロマイトは、海の蒸発がどんどん進むような、高温で乾燥した気候条件で形成されたのだ。そのような乾燥気候の下で、どのようにして大量の土砂が陸から海まで運び込まれたのだろうか? 【#3へ続く】
尾上哲治
九州大学大学院教授(理学研究院地球惑星科学部門)。1977年、熊本県生まれ。専門は地質学(層序学、古生物学)。世界各地の地層を調査し、天体衝突や宇宙塵の大量流入による環境変動、古生代・中生代の生物絶滅について研究している。著書に『ダイナソー・ブルース――恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い』(閑人堂)、『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)、『地球全史スーパー年表』(岩波書店;共著)など。趣味はサーフィン。