世界露頭紀行:「オリエント急行の殺人」仮説――カナダ・ウィリストン湖#1

岩石や地層が地表に露出した部分を「露頭」という。崖崩れによって露頭が出現することもあるし、海岸では波の侵食によって美しい露頭に出会えることもある。植生に乏しい山岳地帯になると、山肌全面が露頭という場所もある。

露頭は、過去の地球を覗き見る窓である。私たち地質学者は、露頭からどのようにして地球の歴史を読み解くのか。この連載では世界の露頭を巡り、その一端を紹介しよう。(尾上哲治)
大量絶滅の記録が眠るウィリストン湖の風景

地球では、かつて5回の大量絶滅が起こった。最近の研究によると、そのうち少なくとも2回は、大規模な火成活動(火山に関連するさまざまな現象)によって引き起こされたらしい。研究者の説明は、おおむね次のようなものである。

「火成活動で、気候に影響を与える二酸化硫黄や二酸化炭素が放出された。二酸化硫黄は寒冷化酸性雨をもたらし、二酸化炭素は温暖化海洋無酸素化の原因となった。これら〝複合的な環境の変化〟によって、大量絶滅が起こった」

インターネットで検索したり、テキスト生成AIに質問したりしても、似たような答えが返ってくるだろう。この「火成活動による絶滅」説は、放出するガスの種類によって、寒冷化温暖化という真逆の気候変化を引き起こす。そのため、どれが究極的な絶滅の原因なのかについては、研究者の間でも意見が分かれる。

一方で、一つの絶滅原因の追求をやめて、「複合的な環境変化のすべてが影響して、大量絶滅が起こった」と考える説もある。スミソニアン国立自然史博物館の古生物学者ダグラス・アーウィンが名付けた「オリエント急行の殺人」仮説である。なぜこの仮説がアガサ・クリスティの有名な小説と関連するのか疑問に思われた方は、その結末を調べてみてほしい。

どちらの考え方が正しいのか検討する前に、そもそも地質学者が「露頭」から何を読み取ってこのような絶滅説を提唱してきたのか。今から約2億150万年前に起こった「三畳紀末の大量絶滅」の露頭を訪れて、その経緯を探ってみよう。

ウィリストン湖へ

今回紹介するのは、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州の「ウィリストン湖」である。バンクーバーからフォート・セント・ジョンまで飛行機で約2時間、そこからさらに車を2時間走らせるとこの湖を訪れることができる。

ウィリストン湖を取り囲むロッキー山脈の山々は、近年になってオイルシェールによる産油で注目されるようになった中世代(約2億5190万〜6600万年前)の石灰岩からなる。私は今から12年前に、石油会社お抱えの地質学者グループに同行して、この地を訪れる機会を得た。

ウィリストン湖は、1960年代のダム建設によってできた人口湖であり、上空からみるとカタカナの「ト」の字のような形をしている。湖の東端からボートに乗り、1時間ほど湖岸に沿って走ると、お目当ての丘陵地「ブラックベアリッジ」が見えてくる。

ブラックベアリッジへはボートでしか行くことができない

ブラックベアリッジの湖畔には、ブラックベア(アメリカグマ)の毛皮を目的としたハンターが集うロッジがあり、ここが地質調査の拠点となる。

12年前に訪れたロッジは今ごろどうなっているだろうと思い、ネットで検索してみると、ずいぶん立派な母屋の写真とともに、充実したホームページが目に入ってきた。ハンティング以外にも、トラウトフィッシング、乗馬、トレッキングと、今は手広く商売をやっているようだ。

調査拠点となるロッジ。写真中央あたりに、クマが解体された跡があった

ブラックベアリッジの露頭

さて、「三畳紀末の大量絶滅」の露頭である。この露頭は湖岸にあり、ウィリストン湖の水位が下がる初夏になると地上に出現する。ブラックベアリッジでは、本来水平に堆積してできた地層が、ロッキー山脈を形成した地殻変動で、西に向かって傾いている。

ボートから見たブラックベアリッジの風景。三畳紀の露頭が湖岸に露出している

ブラックベアリッジの露頭でまず驚かされるのは、含まれる化石の量と保存状態の良さである。魚竜の骨、アンモナイト、ウミユリ、二枚貝のハロビアやモノチスなどがいたるところから見つかる。文献とこれらの化石を手がかりに、大量絶滅が起きた三畳紀末を示す時代区分「レーティアン」(2億574万〜2億136万年前)の地層を探すことになる。

魚竜の化石。肋骨だろうか?

不整合が語ること

レーティアンの時代に入ると、それまで地層中にたくさん含まれていた二枚貝「モノチス」の化石がまったく見られなくなる。モノチスがいなくなった地層の位置をよく観察すると、それまでは真っ直ぐ平らだった地層が、不規則に波打った形状をもっていることに気が付く。波打った面の上の地層には、米粒ほどの岩片粒子が含まれる。

地層にはモノチスがびっしりと含まれる

この波打った面が「不整合」で、通常は海面の下にあるはずの堆積物が、何らかの理由により海面から上に顔を出したときにできた侵食の痕跡である。ブラックベアリッジで見られる不整合は、寒冷化による世界規模の海水面の低下が原因と考えられている。

ブラックベアリッジの露頭が注目されるのは、寒冷化だけでなく「複合的な環境変化」が短期間に起きたことを示す特徴的な地層が、謎めいた位置関係で並んでいるからだ。「三畳紀末の大量絶滅」の鍵は、おそらくここにある。(次回#2に続く)


尾上哲治

九州大学大学院教授(理学研究院地球惑星科学部門)。1977年、熊本県生まれ。専門は地質学(層序学、古生物学)。世界各地の地層を調査し、天体衝突や宇宙塵の大量流入による環境変動、古生代・中生代の生物絶滅について研究している。著書に『ダイナソー・ブルース――恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い』(閑人堂)、『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)、『地球全史スーパー年表』(岩波書店;共著)など。趣味はサーフィン。

【連載】世界露頭紀行

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