世界露頭紀行:雨の時代――イタリア・ドロミティ#1

岩石や地層が地表に露出した部分を「露頭」という。崖崩れによって露頭が出現することもあるし、海岸では波の侵食によって美しい露頭に出会えることもある。植生に乏しい山岳地帯になると、山肌全面が露頭という場所もある。

露頭は、過去の地球を覗き見る窓である。私たち地質学者は、露頭からどのようにして地球の歴史を読み解くのか。この連載では世界の露頭を巡り、その一端を紹介しよう。(尾上哲治)

雨の時代――イタリア・ドロミティ#1

「世界で一番好きな場所はどこですか?」

よく聞かれる質問だが、私には即答できる場所がある。
イタリア北部の山岳地帯、ドロミティ(ドロミテ)である。

2026年の冬季オリンピックが、ドロミティ山間部のリゾート地、コルティナ・ダンペッツォで開催されることが決定した。そのためか、最近ではドロミティの風景がメディアに登場する機会も多い。私は映像を見るたびに胸が高鳴る。

ドロミティの急峻な山々は、映画『クリフハンガー』のロケ地としても有名

私の研究キャリアの大部分は、日本の地層を対象としている。しかし地質学の研究が、日本国内で完結することはあまりない。たいてい、国外の同時代の地層と比較して、地球規模で起こった環境の変化を議論することになる。

そして、私の研究で頻繁に比較対象とされてきたのが、ドロミティなのである。はじめて日本とドロミティの二枚貝化石を比較研究したのが2002年。以降、私の研究にはドロミティの文献が数多く登場する。なかなか現地を訪れる機会に恵まれなかったが、2017年にようやく念願が叶った。

ドロミティには、標高が3000 mを超える18の山がある。もし現地を訪れる機会があったなら、まずはピズ・ボエ山(3152 m)への登山をおすすめする。この山へのアクセスは比較的簡単であり、ふもとのポルドイ峠(2239 m)から、ロープウェイに乗って標高2950 m地点まで一気に上がることができる。

ポルドイ峠からロープウェイで「ドロミティのテラス」を目指す

ロープウェイを降りると、「ドロミティのテラス」と呼ばれる圧巻の光景が眼前に広がる。ここを訪れるだけでも、日本から来る価値は十分にあるだろう。

ドロミティのテラスから周囲の景色を見渡してみる。すると、植生の豊かな低地から突き出した、灰色の山々を遠くに見ることができる。よく見るとこの山々は、一塊になって台状の高地を形成している。周囲をぐるりと見回すと、このような高地がいくつかあることに気が付く。

台状の高地には、水平な地層の縞模様がうっすらと見える
なかにはテーブルのような形のものもある

ここで地質学的な解説を加えると、下のほうに見える緑が多い低地は、古生代の「ペルム紀」と呼ばれる時代から「三畳紀」と呼ばれる時代の中頃(約2億6000万〜2億3700万年前)にかけて堆積した、赤い地層からなる。これは主に、陸上の河川とその周辺で堆積してできたものだ。

ペルム紀の陸上で堆積した赤い地層

一方、そこから高く突き出した台状の高地は、三畳紀の後半(約2億3700万〜2億200万年前)に、当時の海水面が上昇することでできた、浅い海の地層だ。

よく見ると、山々には水平な地層の縞模様が見てとれる。この地層は「ドロマイト」と呼ばれる灰色の岩石から構成されている。ちなみにドロマイトもドロミティも、この地を調査したフランスの地質学者ドロミュー(Déodat de Dolomieu)の名前に由来する。

さて、このドロマイト。サンゴが生息するような浅い海で、海水の蒸発が活発におこって形成されたとされる。当時は海水が蒸発しやすい、温暖で乾燥した気候が広がっていたのだろう。

ところが近年になって、乾燥した気候で形成されたはずのドロマイトの地層中に、長期間〝激しい雨〟が降ってできたとしか考えられない地層が発見された。観光客が見ても「あの崖に見える模様、何だろうね?」と気づくような一風変わった地層なのに、なぜか近年まで地質学者には見過ごされてきたのだ。

この地層の謎を明らかにしたのは、若き二人の地質学者だった。【#2へ続く】


尾上哲治

九州大学大学院教授(理学研究院地球惑星科学部門)。1977年、熊本県生まれ。専門は地質学(層序学、古生物学)。世界各地の地層を調査し、天体衝突や宇宙塵の大量流入による環境変動、古生代・中生代の生物絶滅について研究している。著書に『ダイナソー・ブルース――恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い』(閑人堂)、『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)、『地球全史スーパー年表』(岩波書店;共著)など。趣味はサーフィン。

【連載】世界露頭紀行

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