世界露頭紀行:雨の時代――イタリア・ドロミティ#3

岩石や地層が地表に露出した部分を「露頭」という。崖崩れによって露頭が出現することもあるし、海岸では波の侵食によって美しい露頭に出会えることもある。植生に乏しい山岳地帯になると、山肌全面が露頭という場所もある。

露頭は、過去の地球を覗き見る窓である。私たち地質学者は、露頭からどのようにして地球の歴史を読み解くのか。この連載では世界の露頭を巡り、その一端を紹介しよう。(尾上哲治)

雨の時代――イタリア・ドロミティ#3

高温・乾燥気候で海水がどんどん蒸発していた時代の浅い海に、なぜ陸から大量の土砂が流れ混んでいたのか(前回#2)。

1987年、この奇妙な地層の謎に取り組んだのが、バーミンガム大学の若き二人の地質学者、マイケル・シムズとアラステア・ラッフェルである。彼らはドロマイトに挟まれた砕屑岩(さいせつがん)の地層が、三畳紀の「カーニアン」と呼ばれる時代の長期間(現在では2億3400万〜2億3200万年前の期間に特定)にわたって堆積したことを明らかにした。そして砕屑岩中から「カオリナイト」という、この時代の地層には珍しい粘土鉱物を発見した。

カオリナイトは、現代では降水量が多い熱帯地域の土壌からみつかる。彼らは、高温で乾燥した気候で特徴付けられる三畳紀の中に、降雨量が劇的に増加した〝雨の時代〟があったと考え「カーニアン多雨事象」(Carnian Pluvial Episode)と名付けたのだ。さらにシムズとラッフェルは、この時代には浅い海の生物の絶滅があったことにも着目した。そしてその原因を、カーニアン多雨事象を引き起こした気候変動と結びつけた。

これは画期的な研究だ。特に、誰もが一度は不思議に思っていたものの、その意味を見出せていなかったドロミティの地層が、地球規模の環境変動の産物であることを見抜いた点がすばらしい。まさに彼らは、露頭という窓から過去の地球を覗き見ることに成功したのである。

ピズ・ボエ山の山頂まであと少し!

ところが彼らの研究成果は、その後の20年間、ほとんど話題にされることはなかった。博士課程を卒業したばかりの、無名な地質学者の研究だったためだろうか。彼らは当時、古参の研究者から「ばかげた考えだ」といった辛辣な言葉を浴びせられたりもした。

「無名」「若い」「専門外」といった偏見が、露頭を見る人の目を曇らせる。ドロミティの露頭は、科学の進展がじつは人の「心理」と深く結びついていることも教えてくれる。

2008年になって、三畳紀の気候に関する大きな国際集会がドロミティで開かれた。それ以降、カーニアン多雨事象は地質学者の注目の的になった。しかし、なぜ雨の時代が訪れたかについては、現在も議論が続いている。その謎を解く鍵が、じつは日本に隠されているのだが……その話題はまた別の機会に紹介したいと思う。

ちなみに、途中で脱線してしまったピズ・ボエ山の登山だが、この山の山頂は三畳紀より一つ新しいジュラ紀の地層からできている。登り初めは三畳紀の地層だったので、登山の途中で三畳紀とジュラ紀の境界をまたいでしまったようだ。

三畳紀とジュラ紀の境界には、地球の歴史の中で5回起こったとされる大量絶滅の一つが記録されている。この境界の話は、次回の露頭紀行で紹介する。

ピズ・ボエ山の山麓にみられる三畳紀とジュラ紀の境界(矢印の位置)。境界より上の地層は「アンモニティコ・ロッソ」と呼ばれるジュラ紀の赤い石灰岩

※カーニアン多雨事象の発見ストーリーについては、2019年のNatureダイジェストでも紹介されている。


尾上哲治

九州大学大学院教授(理学研究院地球惑星科学部門)。1977年、熊本県生まれ。専門は地質学(層序学、古生物学)。世界各地の地層を調査し、天体衝突や宇宙塵の大量流入による環境変動、古生代・中生代の生物絶滅について研究している。著書に『ダイナソー・ブルース――恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い』(閑人堂)、『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)、『地球全史スーパー年表』(岩波書店;共著)など。趣味はサーフィン。

【連載】世界露頭紀行

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