冒険家の反省ノート⑥睡眠――世界初フォレイカー冬季単独登頂・番外編

冬季ソロ登山のエキスパートは、下山後にどんな反省をして、次のチャレンジにどう生かしてきたのか。厳冬期のアラスカで20年以上も冒険を続けた栗秋氏が、2007年に世界初のフォレイカー冬季単独登頂を達成したときの詳細なメモをもとに、冒険家のリアルな「反省点リスト」を特別公開します――《閑人堂主人》

反省ノート⑥睡眠

 「マットレスの説明書きを変えさせたのは、おそらくあなたですね」

 極地遠征や登山装備のスペシャリストである越谷英雄さんに、自動膨張式マットのトラブルについて相談した際にそう言われたことがある。

 膨らみが足りないときに吹き込む息の湿気がマットの内部で結露して凍り、正しい形を保持するスポンジの接着面が剥がれてボールのように丸く膨れてしまうのだ。冬のアラスカ登山をはじめた当時、返品と交換を繰り返していたためか、メーカーの説明書に「極寒下での使用について」という注意書きが追加されたのだった。

試しにシュラフカバーなしの寝袋単体でも寝てみた。停滞中の雪洞にて

 その後いろいろと試した結果、膨張式に比べてかさばるものの、よりシンプルなクローズドセル・マットレスに落ち着いた。今回のフォレイカーでは、サーマレストのZレスト(ショートタイプ)とザックを組み合わせ、その上に厚さ2mmのアライテントの銀マットを二つ折りにして寝床を作った。底冷えしては熟睡できないので、必要最小限の装備でいかに雪と氷から断熱するかがカギになる。

 寝袋はヴァランドレのトールを使用した。気温マイナス40度まで対応する最上位のダウン寝袋であり、今回で通算6冬目の携行となった。天然素材の羽毛は、乾いていれば低温下でより膨らむという優れた特徴がある。しかし羽毛には、湿気があると保温力が著しく低下するという弱点もあるので、汗で湿りやすい羽毛をできる限りドライに保つことが重要だ。そのため、羽毛のかたまりをほぐし、お湯を入れたボトルや深鍋でアイロンをかけ、天日干しをする。

寝袋を乾かすのは天日干しがいちばん。生地の表面から立ち昇る水蒸気が見えることも

 キャンプの移動日に、羽毛が湿ったまま圧縮してスタッフバックに入れるのは、基本的にはご法度だ。高価な寝袋が、見るに堪えないジャリジャリ、スカスカの代物と化してしまう。出発直前までテントの上などに寝袋をひろげて湿気を逃がし、できるだけ最後にパッキングをする。ただし、急斜面の雪洞キャンプではスペースが限られるため、十分に乾かせないままパッキングすることになってしまう。

 シュラフカバーは定番のゴアテックス製のもののほかに、アライテント特注のはっ水生地のものを試してみた。極寒下でもゴアテックスの防水性は高いが、温度差のため透湿性は低くなる。そのため水蒸気が結露して凍り、カバーの内側についた霜で寝袋を濡らしてしまう。一方、はっ水生地では霜の発生は抑えられたが、防水ではないので外部からの濡れに弱い。どちらも一長一短があり、慎重な検討が必要だ。

クレバス転落防止用のポールは、寝袋の干しざおとしても重宝する

 化学繊維の寝袋は湿気に強く、メンテナンスが容易で、背中側がつぶれにくいというメリットがある。しかし、対応温度が同じ羽毛の寝袋と比較すると、収納時の大きさや重さの点でデメリットが大きい。とくに大柄ではない登山者にとって、少しでも小さくて軽い装備は登山の安全に直結するので、やはり羽毛の寝袋は手放せない。

 一日の行動を終えて、雪洞キャンプでくつろぐひととき。ほどよい疲労感に満腹感、ふかふかの羽毛シュラフに包まれて、12時間以上熟睡することもある。冬のアラスカ山脈は、世界中でいちばんよく眠れる場所かもしれない。


栗秋正寿

登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。

【連載】世界初フォレイカー冬季単独登頂・全記録

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