冬季ソロ登山のエキスパートは、下山後にどんな反省をして、次のチャレンジにどう生かしてきたのか。厳冬期のアラスカで20年以上も冒険を続けた栗秋氏が、2007年に世界初のフォレイカー冬季単独登頂を達成したときの詳細なメモをもとに、冒険家のリアルな「反省点リスト」を特別公開します――《閑人堂主人》
反省ノート⑤雪洞
冬のアラスカ山脈では、新幹線なみの時速300キロもの突風が吹くこともある。そこでの登山は、まさに「烈風との闘い」だ。けれども風という相手が圧倒的すぎるので、柳に風と受け流すように雪洞に退避することになる。今回のフォレイカー登山も氷河上のベースキャンプのみテントを張り、尾根に設けた4つのキャンプはすべて雪洞を掘った。
雪洞キャンプの最大のメリットは、外がどれほど激しい嵐でも、テントのように風で飛ばされる心配がないことだ。そのうえ、テントの生地が風でバタついて霜が落ちてくるようなトラブルもなく、より快適に休息できる。さらに、雪の層が断熱材の役目をはたすため、雪洞内の気温は外気より15℃ほど高くなる。ちなみに二重生地の冬山用テント内の気温は、火を使わないと外気より5℃ほどしか高くならない。氷点下の世界での10℃の差は、燃料の節約や疲労回復、凍傷防止などの観点からも軽視できない。
一方で雪洞のデメリットは、当然ながらテントの設営より時間と労力を要することだ。悪天候で停滞が長引くことも想定して、立て膝がつける高さがある2畳ほどのスペースの雪をかき出すのに、3~4時間はかかってしまう。単独行での雪洞掘りは、当然ながら交代要員はいない。こまめに休憩をとりながら、スコップのブレードに足をかけて、できるだけ脚力を使って掘り進めていく。とりわけ、内部の雪を狭い入口から外に出すのに苦労するため、脚で蹴り出して腕力を温存することに努めている。
雪洞掘りは、何より“場所選び”が肝である。しかし、プローブ棒を刺して慎重にチェックしても、雪下の状態を見誤ることがある。今回のキャンプ3は軟らかい雪の層が深い位置にあったため、床が入口より低い雪洞となり、暖まった空気が外に逃げてしまい寒かった。雪洞の天井に開ける換気穴の位置や角度、ロウソク棚などの配置にも留意が必要だ。テントとは異なり、ひとつとして同じ雪洞は掘れないので、その時々の雪の状態にあわせて対応するしかない。
急斜面の雪洞では入口にツエルトを張っている。上端をストックとスコップで固定するだけでなく、下端の重しにもアンカーをとって万全を期す。最終キャンプでは、風の力で重しが外れてしまい、クライミングブーツと食料袋が入口の外に投げ出されていた。風がもっと強ければ、ブーツなどを失っていたかもしれないと思うとゾッとした。
ところで、アラスカ版のかまくら「イグルー」を使わないのにはわけがある。雪ブロックを円状に積み上げて作るイグルーは、雪洞以上に時間はかかるものの、テントよりはるかに頑丈だ。しかし、テントと同じく雪面上にむき出しになるため、強烈なブリザードが何日も続くと雪の壁が削られていき、最後は壊れてしまうのだ。一方、雪洞は雪面の下に作るので、雪や風で入り口が埋まると風を遮る部分は何もない。雪に穴を掘って冬眠する野生動物のようでもある。
自然の猛威をうまくかわすことのできる雪洞は、理にかなったキャンプなのだ。
栗秋正寿
登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。