冬季ソロ登山のエキスパートは、下山後にどんな反省をして、次のチャレンジにどう生かしてきたのか。厳冬期のアラスカで20年以上も冒険を続けた栗秋氏が、2007年に世界初のフォレイカー冬季単独登頂を達成したときの詳細なメモをもとに、冒険家のリアルな「反省点リスト」を特別公開します――《閑人堂主人》
反省ノート④撮影
冬のアラスカ単独行での撮影でもっとも障害になるのは、厳しい寒さである。
低温の環境では電池に不安があるので、対策として一眼レフの手動式フィルムカメラや、「写ルンです」などのレンズ付きフィルムを使用していた。どちらも不便に感じることがあり、一眼レフの場合は息で曇るファインダーを覗きつつ露出やピント合わせを防寒ミトンをしたまま行うので、とりわけ苦労した。
2007年のフォレイカー登山で、初めて電池を使う自動式の富士フイルム「NATURA CLASSICA」(ナチュラ)も使ってみた。コンパクトなフィルムカメラで、明るめのレンズに2倍ズーム付き。手軽に山の写真を撮りたいと思い試しに携行したところ、予想以上に重宝した。
本体重量はわずか155グラムで、小さいので中間着の内側に入れて保温することができる。そうしておくと気温マイナス45度の登頂時でもナチュラは問題なく使えて、バックアップとして「写ルンです」でも撮影したが、手動式の一眼レフカメラ・ニコンFM10の出番はほとんどなかった。
ただし、信頼できない面もある。試しにナチュラを気温マイナス30度の外気にしばらく置いてみたところ、シャッターを1度押しただけで、自動巻き上げの途中で動かなくなってしまった。巻き上げや巻き戻しの際にフィルムが切れる恐れがあるのは、低温下での自動式カメラの弱点だ。
もう一つの心配は、低温によるバッテリーのトラブル。今回はリチウム電池CR2の予備を何本も持っていったが、結局36枚撮りフィルム9本すべてを電池1~2本だけで撮り終えた。スペアの数は多すぎないように要検討である。ちなみに、頂上アタックの前日にはあえて新しい電池に交換しておいた。
「……なんともいえない美しさ。写真ではあらわせない」。
3月15日の登山日誌にそう記した。
軽さを最優先した小型のカメラで撮った写真と、実際に見たものとのギャップには、いつもがっかりさせられる。それに、急峻な尾根や険悪なクレバス帯、雪崩の巣など、撮りたいと思う対象の多くが危険な場所にあり、撮影をあきらめることになる。
今は低温に比較的強いコンパクトなデジタルカメラがあり、ルート上のクレバスの位置などを液晶モニターで拡大して確認できるようになった。その点、フィルムカメラは入山中の情報収集としては使えないので、あくまで記録のための撮影だ。
冒険登山家という“行動者“としての本音をいえば、フィルムカメラは優先順位の低い装備のひとつである。安全のため、命にかかわる燃料や食料、装備以外は少しでも荷物を軽くしたい。撮影にかける労力をできるだけ使わず、緊急時のために体力を温存しておきたい。それに、もしカメラがなければ絶景をファインダー越しに見る必要がなくなり、登山自体がもっと自由になれるとも思っている。
冬のアラスカ単独行を続けるなかで、撮影という行為から解放されることを夢見てきたが、いまだに実現していない。
栗秋正寿
登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。