冬季ソロ登山のエキスパートは、下山後にどんな反省をして、次のチャレンジにどう生かしてきたのか。厳冬期のアラスカで20年以上も冒険を続けた栗秋氏が、2007年に世界初のフォレイカー冬季単独登頂を達成したときの詳細なメモをもとに、冒険家のリアルな「反省点リスト」を特別公開します――《閑人堂主人》
反省ノート③情報収集・判断
冬のアラスカ単独行は文字通り孤立無援の山旅である。今回はどのようにして山の天候に備えたのかを紹介する。
延長アンテナに交換した携帯型の航空無線機で、約100kmも離れたタルキートナ飛行場の天気の実況が聴けた。ただし、電波の届きやすいフォレイカーの上部に限られる。最終キャンプのC4(キャンプ4)ではアメリカ国立気象局のCh1(チャンネル1)でアンカレジとフェアバンクスの両局を聴くことができ、Ch2でワシラのほかコディアック島などの他局も入ることがわかった。気象局の予報は警報や注意報などを除き、基本的に午前と午後の1日2回更新される。スピーカーではなくイヤホンで聴くと電池の節約につながる。
標高2980mのC2でのFMラジオの感度の良さに感嘆したが、驚くのはまだ早すぎた。最終キャンプのC4(4080m)では、重複する番組はあるもののFMラジオ40局、AMラジオ9局、TV(音声)2局と、計51局も入った! タルキートナのFMラジオ局KTNAの天気予報も、入山して初めて聴くことができた。しかし肝心な気象についての放送時間がわからずに聴き逃がすこともあった。タルキートナの気象情報は登山の参考になるので、下山後はKTNAに放送時間を問い合わせてみたい。
一方、お気に入りのカントリーミュージックが聴けるKASH Country局(FM)の音声がやや悪いのが残念。キッス、ポリス、チープ・トリックなど、高校時代に組んだロックバンドのライブでギター演奏した楽曲が流れるとなつかしい。スピーカーのないライターサイズの小型ラジオなので、ボリュームを最大にしてイヤホンをスピーカー代わりにガンガン鳴らすこともある。電池は未使用でも低温のため自然放電が進むので、ラジオ用の単4型リチウム電池は毎回新調すべきである。
航空無線やラジオから入手できる天気予報は、いずれも山から100~数百km離れた周辺地域の情報である。山独自の気象に対処するには、これらの情報とあわせて、山での気圧と気温の変化を記録した気象グラフから風を予想し、常に周辺の状況を観察するなど観天望気が欠かせない。
冬の遊覧飛行の数は夏の観光シーズンに比べて少ない。それでも軽飛行機の飛び方や飛行の有無で、ある程度の風の状況が把握できるかもしれない。極端にエンジンをふかして飛行している飛行機を双眼鏡で観察したところ、周辺の尾根では強風による雪煙が上がっていることもあった。使用した双眼鏡は重さ130gのニコンのミクロン(6倍)。これより軽く高性能な単眼鏡などがあれば試してみたい。
行動するか停滞すべきかを判断するための、3つの基準を決めている。それは①ルートや天気の条件、②身、③心で、どれか1つでも不安材料があれば行動しない。そして行動中にも3つの基準があり、①ルートや天気の条件、②登るペース、③キャンプまでたどり着けるかどうかを考えて、1つでも欠けそうだったら行動を中止することにしている。ことにフォレイカーの頂上アタック日は、デナリやハンターの雲や雪煙などを絶えず観察し、なにか異変があればアタックを中止すべきである。とはいうものの「言うは易く行うは難し」であり、実際には登頂後に最終キャンプに戻ることができず、ビバーク(緊急露営)を余儀なくされた。
冬のアラスカ単独登山でもう半日、1日、数日と待っていて失敗したことは一度もない。結果的に待たずに行動していたほうがよいこともあり得るのか? ちょっとしたことを大袈裟に考えてしまう、マイナス思考でちょうどよいのかもしれない。
栗秋正寿
登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。