世界初フォレイカー冬季単独登頂・全記録 #10

オーロラが舞う夜、一人きりのテントで。ブリザードが吠える夜、仄暗い雪洞の奥で。栗秋正寿は毎晩、かじかむ手で小さなノートに文字を刻んできた。世界で唯一の〝冬のアラスカ専門登山家〟による貴重な記録として、詳細なデータ満載のメモをほぼ原文通りに再現。シリーズ第1回は、2007年のフォレイカー冬季単独登頂(世界初、現在まで栗秋氏のみが達成)――《閑人堂主人》

2007年3月17日(入山46日目)

天気は晴れ。今朝のフォレイカーに雲はなかったが、アタック日和ではない。デナリやハンターにかかる雲の動きから、風向きがフォレイカーの方に変わったとたん、いきなりレンズ雲のデカいやつがフォレイカー山頂を覆った。本当にこわい。

この風の影響なのか、C2(キャンプ2)からデポを回収しに往復した際も風がでた。C2より下のエリアでも、曇やガスの動きから風の吹き方が見える。

デポ回収から戻った後、C2のすぐ上に張ったロープ2本を回収する。そのうちのロープ1本をC2直下に張ったが、トラバース開始地点への荷下げまではできなかった。少し疲れが残っていることと、左足親指の先(外側)の水ぶくれ(凍傷の第1度~第2度?)が破れたために足先のケアも入念にしたいので、早めに雪洞に入った。明日C1まで下りる予定である。

午後4時過ぎ、雪洞内の気温マイナス18度、694ヘクトパスカル。

湯たんぽでシュラフにアイロンをかける。昨夜寒かったのは、シュラフの上側が全体的に凍っていたのが原因だった。日中に外でシュラフを干したかったが、風があったのであきらめた。

C2午前10時15分 → デポ地点(3300m)午前11時46分 → C2午後0時50分。

C2から見たデナリ(左)とハンター

3月18日(入山47日目)

晴れ~曇りの一日、C1まで下る。

C2を出発する直前、TAT(タルキートナ・エアー・タクシー)のポール・ロデリックと交信できた。今後の天気について話し、3月10日に登頂したことなどを伝えた。そして予想していたとおり、(軽飛行機が着陸するには)BC(ベースキャンプ)はラフすぎるので、カヒルトナ氷河の南東支流(デナリのBC)でピックアップしてもらう予定。BCに着いても登山は終わらず、2回の移動で南東支流のBCに行けると思う。

トラバース開始地点まで一度荷下げしてC2に戻り、残りすべての荷物を持ってC1まで下った。標高差でおよそ300mダウンして300mアップ、そして500mダウンとよくがんばった。

トラバースのエリアも、その後のC1までの間もほぼすべて足跡が残っていた。信じられない! たしかに1か月間降雪がなく、風で削られた雪面に足跡が浮きでていた。岩もかなり露出していて、夏の終わりの山のようだ。C1のデポも1ガロン缶の上から3分の1が雪面にでていたが、食料は雪の下でカラスの餌食にならずに済んだ。C1にはたくさんのギアがあり、BCまでの荷下げが大変だろう。

C1の雪洞入口の旗ざお1本が風?で折れていた。雪洞の屋根(尾根)も烈風でかなり削られてしまったが、なんとか使える。天井を少し削って高さを得た。(気圧グラフをつける日!)

C2午前11時7分 → トラバース開始地点午後0時23分 → C2午後1時56分~午後2時47分 → C1午後5時21分。

3月19日(入山48日目)

天気は晴れのち快晴、弱風または風なし。

C1で休養日。昼からトラバース開始地点のデポを回収するつもりだったが、双眼鏡で凝視していたら、耳鳴り?(頭鳴り?)が激しくなり、デポ回収を見合わせた。C1~デポ地点の間で耳鳴りがして、スリップでもしたら大変! 大事をとって休養した。こんなの初めて。疲労?酸欠?凝視?が原因? よくわからない。シュラフにもぐり込み、少し寝たらよくなった。

好天時にデポ回収と、双眼鏡でスキーデポの無事をチェックしたいと気持ちがはやるが……。まっちゃん(日本人写真家の松本紀生さん)は下山した? かまくらはあるけれど、人の気配やメンテナンスしている感じがしないのだが、気のせい? 昨日のポール・ロデリックとの交信時に、まっちゃんのことはきいていない。もし下山したとしたらどうやって? 早々に発達したサスツルギ(風で削られてできた雪面の凹凸)で、パイロットのポールはランディングできないはずだが……。

気象局(アメリカ国立気象局)によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷ともに明日から天気は下り坂で、晴れ → 曇り → 小雪または雪の日が続くもよう。

取りつき地点から見たハンター

3月20日(入山49日目)

気象局の予報のとおり、曇り → 晴れ → 曇り → ガスと小雪、南から天候が悪化する。トラバース開始地点のデポとロープを回収した。デポ回収の途中に取りつき地点のスキーデポを確認できた。雪崩にやられていなかった、ラッキー! これでなんとかBCまで戻れる! あとはBCに向けて荷下げをするだけである。

C1に帰着後、雪洞入口の外でポリ袋を中心にゴミを燃やす。1ガロン缶の底を缶切りで開けた簡単なゴミ焼却炉である。風下なので煙がくるが、避けようがない。

晩メシは最後のチキン・ドライカレーを食する。うまい! 今日、3ペア目のインナーグローブ(毛)に穴があいた。残りは未使用のフリースインナーグローブだけである。

午後8時14分、雪洞内の気温マイナス15度、726ヘクトパスカル。

3月21日(入山50日目)

悪天候のためC1で停滞。雪洞内の気温マイナス10度と暖かい。
昨夜のラジオで春がきたことを告げていた。今年の春分の日は3月20日なのか?

朝には雪で雪洞の入口が埋まった。ストックで雪をつつき出し、外のスコップを取って除雪をする。
外はホワイトアウト、小雪、風ナシまたは微風。久しぶりの雪である。この降雪では、サスツルギが雪に埋まって平たんにはならないだろう。雪よ、もっと降れ! できれば入山時と同じBCでピックアップしてほしい。

入山50日目。一日中、小雪とガス、ホワイトアウト!

2007年のフォレイカー登山ルート

栗秋正寿

登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。

【連載】世界初フォレイカー冬季単独登頂・全記録

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