オーロラが舞う夜、一人きりのテントで。ブリザードが吠える夜、仄暗い雪洞の奥で。栗秋正寿は毎晩、かじかむ手で小さなノートに文字を刻んできた。世界で唯一の〝冬のアラスカ専門登山家〟による貴重な記録として、詳細なデータ満載のメモをほぼ原文通りに再現。シリーズ第1回は、2007年のフォレイカー冬季単独登頂(世界初、現在まで栗秋氏のみが達成)――《閑人堂主人》
2007年2月25日(入山26日目)
昨夜は少し風がでた。午前7時に起床。雪洞入口の外の気温マイナス25度、雪洞内の気温マイナス15度、698ヘクトパスカル。
ドライフードの具材を入れたチキンラーメンを食す。午前9時少し前、雪洞の外に出る。天気は曇りで、三山の頂は雲のなかである。デナリとハンターは雪が降っているようにも見えた。
昨日のデポ地点である、標高3300m地点まで荷上げをする。曇り~小雪のなか、登りは足先が冷えてジンジンした。デポ地に着いてから時どき風雪となり、予定していたC3(キャンプ3)までの偵察を断念。早々にC2に帰る。
午後3時、雪洞内の気温マイナス16度。
C2午前10時 → 3300m地点午後0時25分~午後1時20分 → C2午後2時17分。
2月26日(入山27日目)
曇り~雪、北よりの風のためC2で停滞。
夜中から今朝にかけて雪洞内に雪が入り込んできて、入口が埋没寸前だった。日中は雪洞の入口を雪で完全に塞いだりもした。
夕方に除雪で外に出た。曇り~晴れ、北よりの強風、三山ともに雪煙が上がる。C2入口の粉雪は降雪によるものではなく、上部の雪面から運ばれてきたものとわかる。
フードの毛皮の補修をし、ハーモニカを吹き、ラジオを聴いて過ごす。
2月27日(入山28日目)
晴れ~快晴、北よりの弱風~強風、時どききわめて強い風のため、C2で停滞。雪面がさらにカチカチになる。フォレイカー南東稜上に雲はなく、雪煙だけが上がっている。この状況でC3への荷上げはできない。風があって寒すぎる。午前10時、雪洞内の気温マイナス15度。
午後6時30分、雪洞入口の外の気温マイナス25度。この風はいつまで続くのか。長丁場になりそうなら、もう一度C1から荷上げしてもよい。
カヒルトナ氷河の本流や南西支流のサスツルギ(風で削られてできた雪面の凹凸)がさらにはっきりとしてきた。サスツルギといえば、2005年の自己最長となる26日間のフライト待ちを思い出す。パイロットのダグ・ギーティングが、セスナ機に取りつけたスキーがサスツルギで壊れてしまうため、ランディングできずに引き返したことがあった。
およそ1か月ぶりに、ハサミでひげをカットする。昼間はカントリー・ミュージック、夜はスムース・ジャズをラジオで楽しむ。
2月28日(入山29日目)
2月の最終日。深夜にいきなり空腹となり、チキンラーメンを食らう。風は収まったようだ。
午前7時30分、雪洞入口の外の気温マイナス28度、雪洞内の気温マイナス10度、693ヘクトパスカル。
気象局(アメリカ国立気象局)によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷は明朝から2日間、時速70マイル~80マイル(時速約110キロ~130キロ)の突風が吹くという強風注意報がでている。ふたたびここも風が吹く? またはこれまでの強風域が低地まで下りていくだけか?
久しぶりに穏やかな日となり、C3に向かう。デポ地点の手前で休憩中にハドソン・エアーのパイロット、ジェイ・ハドソンが飛来した。無線で呼びかけ、2001年のときに比べてクレバス帯がかなり動いていることなど、状況報告をする。軽飛行機の同乗者からはキッチンパス(妻の了解を得る)のことを言われ、無線でからかわれた。誰? おそらく山岳レンジャーのジョン・レオナードだろう。
3300m地点で荷上げした荷物をデポして、1本回収した60mロープを使ってC3を目指す。前回より西側にルートをとり、デポ地点のすぐ上の弱点をちょっとしたアイスクライミングで抜けて、ついにルートを見つけた! やった‼ 南東稜上までに1か所大きなクレバスはあるが、C3のすぐ上の所だけスノーブリッジでつながっているようだ。ここをパスすれば尾根上に抜けられる!
夕方にフォレイカー南稜(フレンチリッジ)に大きな雪煙が上がる。
午後8時40分、快晴、弱風~中風、雪洞内の気温マイナス14度。
C2午前10時45分 → 3300m地点午後1時8分 → C3(3440m)午後4時10分~午後4時34分 → C2午後6時2分
3月1日(入山30日目)
午前5時起き、雪洞内の気温マイナス12度と暖かい。朝食はバターを入れたとんこつ味のパスタラーメン(?)。C3入りの準備をする。
気象局によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷は明日の午後9時まで強風警報がでている。時速80マイル(時速約130キロ)の突風が吹いて、体感温度も華氏マイナス25度~マイナス30度(摂氏マイナス32度~マイナス34度)になると告げている。
これまでの強風域が低地に下りていったのだろうか。午前7時30分、ここC2でもやや風はあるが、烈風ではない。とにかく風が強くならないうちにC3に移動したい。
【登山メモ1冊目はここまで。C2にデポする】
【ここから登山メモ2冊目】
C3入り。終日、北よりの強風。フォレイカーの南稜や南東稜上は烈風で雪片や氷片が舞っている。ここC3に飛んでくる氷片に当たったら大けがは免れない。
C2に置いていく予定だったホワイトガソリン(3分の1ガロン)も、念のためにC3に上げた。C2すぐ上の2本目のロープを回収して、そのままC3の直下に張った。これでデポ地点からC3までの荷上げが楽になる。
C3の雪洞掘りに手こずった。掘りやすい雪の層が深くにあり、斜面に対して垂直に深く掘る最初の作業に時間がかかる。結局C3は床の位置が低い、入口が頭の高さにある雪洞となった。嵐のときは雪ブロックで入口を塞がなければ大変なことになる。
午後8時、コンロとロウソクに火をつける。雪洞内の気温マイナス16度。
C2午前10時48分 → 3300m地点午後1時20分 → C3午後3時32分、C3の雪洞完成午後7時30分。
栗秋正寿
登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。