オーロラが舞う夜、一人きりのテントで。ブリザードが吠える夜、仄暗い雪洞の奥で。栗秋正寿は毎晩、かじかむ手で小さなノートに文字を刻んできた。世界で唯一の〝冬のアラスカ専門登山家〟による貴重な記録として、詳細なデータ満載のメモをほぼ原文通りに再現。シリーズ第1回は、2007年のフォレイカー冬季単独登頂(世界初、現在まで栗秋氏のみが達成)――《閑人堂主人》
2007年2月10日(入山11日目)
午前9時、快晴~晴れ(雲海)、微風~弱風、気温マイナス17度、雪洞内の気温マイナス8度、752ヘクトパスカル。
夜中から風がでて入口のシートがけっこう揺れた。朝方に風は収まった。快晴~晴れ? ただいま雲上の人。雲が氷河上に低く立ち込めると、きまって雲が上がってきて雪となるが……。
ガスの様子をうかがったため、C1(キャンプ1)発は午後となる。雲の切れ間に青空が見えるなか、トラバース開始地点まで2ピッチ(60m×2)ロープを張った。夕方C1に戻るときにはガスとなり、ホワイトアウトのなかを下った。
気象局(アメリカ国立気象局)によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷で濃霧注意報がでている。曇り~晴れ、おもに曇りの日が続くようだが、明日からの行動は? C1に帰着後、雪洞の床を整える。入山11日目だが、すべて行動日で停滞なし。すごい!
C1午後0時8分 → トラバース開始地点までルート工作 → C1午後5時21分。
午後8時、ガス、風なし、雪洞内の気温マイナス7度、745ヘクトパスカル。
2月11日(入山12日目)
午前7時50分、快晴、南西の微風、気温マイナス24度、雪洞内の気温マイナス9度、745ヘクトパスカル。
気象局によるアンカレジ方面の濃霧注意報は解除された。雪崩エリアのトラバース修了地点まで荷上げをする。道作りとラッセルに時間がかかり、C2予定地まではいけなかった。アイスバーン(凍った雪面)やシュガースノー(ザラメ雪)など、雪崩エリアの雪のコンディションはさまざま。強風によるものなのか? 大雪崩が原因なのか? いくつかのデブリ(堆積した雪塊)があるなかをトラバースした。
午前中まで晴れていたが、午後になり雲が近づいてきた。雲のためにデナリとフォレイカーは部分的な夕焼けとなる。連日の行動でさすがに疲労がたまってきている。明日は休み? または悪天?
C1午前11時51分 → トラバース修了地点午後3時32分~午後4時28分 → C1午後5時54分。
午後8時50分、晴れ~曇り、風なし時どき微風、気温マイナス23度、747ヘクトパスカル。
トラバース修了地点デポリスト……燃料×2ガロン、チキンラーメン×5食、インスタント米の具(茶わんで丼ドン!など)×2パック、おしるこ×15食、スノーバー×1、デッドマンなどのクライミングギア×1セット、2m旗ざお×4本、1・2m旗ざお×2束(ピンク色旗、約50本)
2月12日(入山13日目)
午前9時30分、晴れ、微風、気温マイナス17度、745ヘクトパスカル、C1に日が差し始める。
晴れだがC1で休養日とする。連日の行動で少し疲れた。不気味なほど穏やかな日が続いている。昨日のトラバースから、次のC2で深くてしっかりした雪洞が掘れるのかが心配である。最悪の場合は半クレバス雪洞も考えているが……。
コンロでお湯を沸かし、コーヒーとお茶を終日楽しむ。ラジオや気象局の無線を聴き、オーバーシューズの修繕のついでに足型の断熱マットを中敷きとして入れた。折れた旗ざおを直し、アイスアックス(ピッケル)に布テープを貼り、荷物の整理などを行う。
デナリには昨日のような小さなレンズ雲もない。フォレイカー山頂も強風の日ではないようでアタック日和?だった。ここC1でも晴れて風がなければ、シュラフを干すことも可能だと思うが……。
遠くに雲があるようで、夕景はあまりよくない。気象局によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷ともに曇り~晴れを告げている。気圧は一定している。この好天が続いてくれればと祈るのみ。明日から行動時間を早めたい。
午後8時、晴れ、微風、気温マイナス21度、744ヘクトパスカル。
2月13日(入山14日目)
午前7時40分、曇り~晴れ、北西よりの微風~弱風、気温マイナス19度、741ヘクトパスカル。
深夜まで眠れずに午前7時40分に起床して寝坊する。トラバース修了地点まで荷上げをした後、C2予定地(2980m)へ登り、C2の直下に60mロープを張って終わりとなる。C2付近は2001年のときと比べて雪が少ないと思われる。C2地点に雪洞は掘れるかな?
トラバース修了地点からロープのみでC2へ向かった後から天気が急変し、晴れ → 曇り → 雪、風雪とガスとなる。吹雪のなか1ピッチ(60m)をラペル(懸垂下降)で下りる。トラバースの下降ルートも雪とホワイトアウトでわからない。岩尾根を頼りにダブルアックス(両手にそれぞれピッケルを持つこと)やアイスアックスとストックで下る。
C2からは休みなしでC1に下る。C1に着いてから、棒状ラーメン(16食分)をデポし忘れて、わざわざC1に持ち帰ったことに気づく。1.6キロ~1.7キロ分も荷上げで損をした。ショック‼
C1帰着後も風雪。今回初めて雪が雪洞の入口に吹き込んでくる。アライテントのツエルト「SP-A」でなんとかしのぐ。このツエルトはとてもよい。
C1午前10時43分 → トラバース修了地点午後1時19分、C2 → C1午後5時45分。
トラバース修了地点デポリスト……カロリーメイト×25食分、チキンラーメン×5食分、アーモンドチョコ×2袋、ココア×2袋、インスタント米×7~8食、1・2m旗ざお1束(約25本)、2m旗ざお×3本
2月14日(入山15日目)
午前9時、曇り~ガス、小雪、微風、雪洞内の気温マイナス8度、740ヘクトパスカル。
一晩中の風雪。朝には雪洞の入口に雪がけっこう吹き溜まる。C1で停滞するが、大きな天候悪化ではないようだ。
昨日行動したのは失策だった。最悪のときにC2まで上がってしまい、ツイてない。気象局によると、アンカレジやフェアバンクスは曇り~雪や曇り~晴れの予報。外は穏やかである。風で飛ばされてきたのか? 雪洞入口の雪にも砂が多い。
午後から曇り時どき雪となり、よい休養日となる。C1にある荷物の整理をする。スカスカの雪なので、C1~C2間の雪崩エリアが気がかりだ。あと2回の荷上げでC2入りができるのか?
BC(ベースキャンプ)のまっちゃん(日本人写真家の松本紀生さん)が雪のブロック積みをやっていた。
栗秋正寿
登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。