オーロラが舞う夜、一人きりのテントで。ブリザードが吠える夜、仄暗い雪洞の奥で。栗秋正寿は毎晩、かじかむ手で小さなノートに文字を刻んできた。世界で唯一の〝冬のアラスカ専門登山家〟による貴重な記録として、詳細なデータ満載のメモをほぼ原文通りに再現。シリーズ第1回は、2007年のフォレイカー冬季単独登頂(世界初、現在まで栗秋氏のみが達成)――《閑人堂主人》
2007年2月15日(入山16日目)
曇りと小雪 → 曇り → 曇り~小雪とガス。
トラバース開始地点まで荷上げで2往復した。一日待ったので雪が少し落ち着いてきている。が、雪崩エリアのトラバースにはまだ早いので、もう一日ほしい。トラバースのエリアで大きな雪崩は起きていない。このまま降雪がなければ、明日トラバースできる。
気象局(アメリカ国立気象局)によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷は曇り~小雪の日が続く。
曇り~晴れ? 微風、気温マイナス20度、741ヘクトパスカル。
C1(キャンプ1)午前9時15分 → トラバース開始地点 → C1午後0時40分~1時30分 → トラバース開始地点午後2時52分 → C1午後4時14分。
2月16日(入山17日目)
午前5時に腕時計のアラームをかけたが、午前6時30分に起床。C2入りのつもりで朝食を済ましたが、晴れ → 曇り → 曇りとガス、時どき小雪?と天気が悪化。C2入りは明日に遅らそう。
昨日の朝食と一昨日の夜食で使った砂まじりの雪は、昨朝の下痢に関係あるかも? 昨夜からふつうの雪に変えたら、お腹の調子はよい。小粒の石はいいが、細かい砂状のものが沈殿する水はやめたほうが無難である。
終日曇りとガス、時どき晴れ間もあった。明日のC2入りに備える。再度、荷物の整理をする。
2月17日(入山18日目)
晴れ、微風、気温マイナス21度、742ヘクトパスカル。
終日快晴、微風、天気は文句なし。三山の山頂にも雪煙なし。アタック日和のなか、C2入りとなる。
午前5時20分に起床したが、C1出発は午前9時30分過ぎとなる。トラバース開始地点でTAT(タルキートナ・エアー・タクシー)のポール・ロデリックと交信して、今日C2入りすることを伝えた。トラバース終了地点の上部でも別の機体(TAT?)が飛来して、自分の姿を確認したようだ。
今回のC2(2980m)の位置は、2001年のときよりほんの少し(10m~15m?)上部だと思う。やはり氷が出てきて、C2の雪洞掘りにてこずる。3時間30分かけて、細長くて、入口が右側の雪洞を作った。雪洞掘りのとき、アイゼンの爪でダウンパーカー(黒色)の右腕部を切る!
夕景やその後のトワイライトの青色から紫色が素晴らしい。
C1午前9時34分 → トラバース終了地点午後0時30分 → C2直下のロープ末端部午後1時44分、雪洞の場所探し → C2午後3時20分、雪洞掘り終了午後7時。
2月18日(入山19日目)
終日快晴、穏やかな日和。
アタック日和のなか2回トラバースして、すべての荷物をトラバース開始地点から終了地点まで運ぶ。2回目のデポ回収分は、そのままC2まで荷上げした。トラバース終了地点には、荷上げであと2回~3回分のデポがある。
昼すぎにTATの「ビーバー」が飛来したので手を振った。夕方少し風がでたが、微風~弱風程度である。
午後8時20分、快晴、686ヘクトパスカル。
C2午前11時45分 → トラバース開始地点午後0時35分 → トラバース終了地点午後2時40分 → トラバース開始地点 → トラバース終了地点午後4時17分 → C2午後5時17分
2月19日(入山20日目)
午前8時30分、快晴、微風、気温マイナス26度、雪洞内の気温マイナス13度、682ヘクトパスカル。
昨夕の雪洞内の気温マイナス14度。午前1時の深夜まで、FMラジオのカントリーミュージック「カウントダウンTOP20」を楽しむ。ティーキャンドル1個で5時間も火がついていた!
快晴だが、午後からデナリとフォレイカーに雪煙が上がり、フォレイカーの南東稜の尾根上も強風となる。ここC2やトラバース終了地点は尾根のかげになり、ほとんど風がない。
トラバース終了地点まで2往復して、すべてのデポを回収してC2に上げた。これで次のC3へ向けて登山活動ができる。デポ回収の際にダウンの上着をC2に置いて下ったため、風が少しでてきてお腹を冷やしてしまった。2往復目のときに外で下痢便をするという大失敗をおかす。
カヒルトナ氷河を飛ぶ軽飛行機を数回見たが、風が強いからなのかエンジン全開のような音だった。エンジン音など飛行機の飛び方で、上空の風の様子がわかるかもしれない。
夕方、雪洞内の気温はマイナス16度。気象局によると、アンカレジとマタヌスカ渓谷は快晴~晴れが数日続くが、マタヌスカ渓谷のみ明日まで強風の予報である。北よりの強風によるデナリやフォレイカーの雪煙と関係があるかもしれない。
午後7時40分、雪洞入口の気温マイナス19度、682ヘクトパスカル。
C2午前11時23分 → トラバース終了地点 → C2午後1時12分~午後2時3分 → トラバース終了地点 → C2午後3時50分
栗秋正寿
登山家。1972年生まれ。1998年に史上最年少でデナリ冬季単独登頂。下山後、リヤカーを引いてアラスカの南北1400キロを徒歩縦断。2007年、世界初のフォレイカー冬季単独登頂に成功。2011年に第15回植村直己冒険賞を受賞。20年以上アラスカの山に挑み続け、冬の単独行は合計16回、延べ846日。趣味は川柳、釣り、ハーモニカとピアノの演奏、作曲。